「効率化=無駄を省く」という考えはそろそろやめませんか

「効率化」という言葉を日々意識して生活しています。

そうすると時々見かけるのが、「効率化ばかり求めて生きるのは息苦しい」というような意見。「何でもかんでも無駄を省いたり、時間短縮して仕事をしたりするのは、ゆとりが無くて辛い」というものです。

それに対しての反論というわけではないのですが、自分は少し見解が違うので、この機会に自分が思う「効率化」という言葉の意味をまとめていこうと思います。

息苦しさを感じている時点で、それは効率化では無い

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結論から言うと、効率化を追い求めるあまりに、どこか息苦しさを感じたり、充実していないように感じるのであれば、それは効率化に失敗しています。むしろ非効率です。

僕の思っている効率化の根本にあるのは「少ないエネルギーで最大限の結果をだすこと」という考えです。それはテコの原理を用いて、非力な子供が大きな石を持ち上げるようなものかもしれません。

もし結果を出す過程で精神的に落ち込むようなことがあったり、それによってパフォーマンスを下げているのであれば、それは先ほど言った最大限の結果とは言えません。

だったら多少時間が長引こうと、ゆとりを持ちながら仕事をしたほうが、長い目で見たら精神的にも身体的にも安定します。

精神的・肉体的・時間的に大きく消耗せずに成果を出すこと。これが効率化の目指すべき地点であると考えています。

時間短縮=効率化という誤認識

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効率化のことを「時間短縮を言い換えたもの」のように思っている人をよく見かけます。それは必ずしも間違っているとは言えませんが、正しくはありません。

効率化で第一に考えることは「いかに短時間で仕事をこなすか」ではなく、「最大限の結果を出すには、どの方法が一番早いか」ということです。似ているようですが、目的が違います。

前者は「時間短縮」が目的になっていて、それによって生まれる結果のことは後回しになっています。後者はまず「出すべき結果」というゴールを明確にして、そこに至るまでの道筋をいかに短くするかを考えます。後者の方が良い結果を出すのは一目瞭然です。

また時には敢えて遠回りをしなければいけないこともあると思います。例えば僕はブログを書く時でも、30分で書き上げたけど質的には50%である記事を投稿するなら、1時間以上かけても80%の出来映えの記事を目指します。

効率化の目的はあくまでも結果重視であることを忘れてはいけません。

効率化によって何が得られるかを常に考える

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効率化によってゆとりのなさを感じてしまう人は、効率化を図ることによって何が生み出されているかを常に意識するべきです。

例えば仕事が早く終わると余暇時間が生まれます。その時間を遊びや趣味の時間に使えたなら、それは精神的にリフレッシュする時間が生まれていることになります。大切な時間です。

「仕事を早く終わらせたら、また次の仕事をすることになるだけ」ということもあるかもしれません。それは割り切るのは難しいかもしれませんが、多くこなした仕事はそれだけ会社の業績に繋がるわけですし、自分の評価をあげることにも繋がります。

空いた時間をどのように使うかは個人差がありますが、その時間によって何かしらの恩恵は必ず生まれています。もし効率化に疑問を持った時は、それによって生まれた時間が自分にどんな影響を与えてくれているのかを考えると、それをポジティブに捉えることができます。

おわりに

現状で自分が考えている「効率化」という言葉を再確認する意味も込めてこの記事を書きました。メインコンテンツとして扱っていくのであれば、自分の考えを一度ハッキリとさせるべきだと思ったので。

「最大限の結果を出すための、最短の道を導き出すこと」が自分の考える効率化です。少し楽天的かつ理想論的な部分もあるかもしれませんが、理想なきところに新しいものは生まれません。

このブログでは僕の考える効率化を模索しつつ、皆さんと共有していきたいと思っていますので、これからもよろしくお願いします。

最後まで読んでいただきありがとうございました。ではまた。

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