「失敗は自分のせい」と考えておけば、精神的に楽です

成功をしたら他人のおかげと考え、失敗した場合は自分に原因があると考えなさい」という格言があります。

この考え方の優れている部分は、この方が結果的には精神が楽だからなんですよね。

失敗を他人のせいにしても、結局ストレスが溜まる

昔読んだ「金持ち父さん 貧乏父さん」という本に、こんな一説がありました。

「もし、自分自身が問題なんだと気づけば、自分の事なら変えられるし、何かを学んでより賢くなることもできる。

たいていの人が自分以外の人間を変えたいと思う。でも、よく覚えておくんだ。ほかのだれを変えることより、自分自身を変えることのほうがずっと簡単なんだ」

例えば仕事で大きな失敗をした時もそうです。その時に「原因はあいつにある!俺は悪くない!」と考えたところで何の得があるでしょう。できることはその人に直接文句を言うか、影でグチグチと非難することぐらいです。そんなことをして、問題が解決に向かっているとは思えません。むしろストレスを無意味に溜めるだけですし、エネルギーの無駄です。

しかし逆に「自分が悪い」と考えた場合、やることはシンプル。自分で反省し、次からの自分の行動を改めるだけです。そこには他人が一切干渉せず、自己完結で事を片付けることができます。この方が結果的には楽ではないでしょうか。

失敗を他人のせいにして得られるものは「自尊心」だけ

失敗を人のせいにする人は、とにかく自尊心が高い人です。失敗をしてしまった自分を認めたくないわけです。

気持ちはわからんでもないですが、結局それで得られるのは一時的な自己満足であって、長い目で見たら自分のためにはならないでしょう。そこから何かを得ようと考えてみる人のほうが成長するのは当然です。

また、必要以上に失敗することを恐れることも良くありません。失敗を取り返すことは、世間で考えられているより難しく無いからです。先日ブログでも取り上げた「『怒らない』選択法、『怒る』技術」という本にはこう書かれています。

結局、「信用を得るのは難しいが、失うのは一瞬」という言葉は、「旧来のやり方を無批判に続けなさい」という奴隷化のための刷り込みだったのです。本当は、信用を得るのはとても簡単です。たとえ失敗しても創意工夫して成功を目指せばいいからです。

失敗をしても、普段から不真面目でもない限り信用など簡単には失いませんし、それに失敗をしてもその後に成功に向かう姿勢があれば周囲は認めてくれます。

失敗は、受け止めても落ち込まない

ここまで「とりあえず失敗が起きたら自分が原因だと思っとけ」ということを言ってきましたが、その時に必要以上に落ち込む必要は全くありません。「反省する=クヨクヨする」ということでは無いからです。

かといってヘラヘラしていたら周囲から殴られるかもしれないので、多少は落ち込む素振りでも見せておくべきかもしれませんが、頭の中はすぐに切り替えていることが必要です。

反省することは、周囲から許されるために行うものではないのです。あくまで次に活かすために行うわけですから、そこに必要以上に感情を織り交ぜて湿っぽくなる必要はありません。頭をフル回転させるためにも、思考はドライにしておくようにしましょう。

まとめ

  • 失敗を他人のせいにすると、逆にストレスが溜まる!
  • 自分に原因があると考えれば、とりあえず次に活かせる。
  • 反省の際に必要以上に落ち込むことは無駄。

なかなかレベルが高い考え方ですが、この方が人生を送る上でスカッとしてしますよね。

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