「熟読の呪縛」を捨てれば多読はできる『遅読家のための読書術』

ライフハッカーの書評記事でお馴染みの印南敦史さんの著書『遅読家のための読書術』を読んでみました。僕自身もブログではよく書評のような何かを書くので、その構成や文体などは参考にさせていただく事が多い。

本書は「1ページを読むのに5分かかる」「読んでいるはずなのに内容が頭に入っていなくて、またページを戻って読み返す」という”遅読家”である著者が、年間700冊のペースで読書をする書評家になるに至った方法について書かれています。

「本を読むのが遅い」「読書をしたいけど、なかなかする気にならない」といった悩みを抱えている人は多いと思います。著者はそういった悩みを持つ人の「読書に対する思い込み」を無くすことで、効率的に本を消化することができると言っています。

「熟読の呪縛」から解き放たれる

著者は「本を読むのが速い人」と「遅い人」には能力的にはそれほどの違いは無く、本に対する意識的な部分が異なっていると言います。その最たるものが「本は熟読をしなければいけない」という考えです。「遅読家」となってしまっている人は、多くの場合は本に対してクソ真面目になりすぎであり、その思い込みによって自ら読書を遠ざけてしまっているわけですね。

「本を速く読める人」と「遅くしか読めない人」がいるのではありません。 「熟読の呪縛から自由な人」と「それにまだとらわれている人」がいるだけなのです。

そういった思い込みを転換するひとつの考え方として、著者は「本からひとつだけでも学ぶことができたのであれば、それは成功と考えること」をおすすめしています。

大切なのは、その本を読んだ結果として、知識や発見のひとかけらが頭の中に残ること。ほんの断片でもいいのです。なにか印象的なことが1つでも残ったなら、その読書は成功したと考えるべきです。「全部残さず取り込んでやろう」と欲張らない。

読書に対して悩みを抱えている人の多くは本に対して期待をし過ぎであり、もう少しアバウトに本と向き合うほうが気楽に読書ができるということ。読書に対する固定観念を捨てることで、自然と本と向き合えるようになろうというのが本書の中心テーマと言えます。

最高の「一行」と出会うための読書

印象的だったのは、「『一行』と出会う素晴らしさ」について書かれていた部分。本には必ずその全体を象徴するような一文があり、それを見つけようとすることに面白さがあると著者は言います。

読書を「面倒くさい」とか「苦痛だ」と考えるのは、「そこに書かれている文字列をすべて目で追い、かつ、内容を咀嚼しなければ『読んだ』とはいえない」という思い込みがあるからです。読書が作業になってしまっているということだと思います。しかし、「1行」を探しながら読むようにすると、そこには冒険しかありません。

もちろんその一行をどの部分にするかは人によって違うのでしょうが、その違いこそが自分の価値観が現れる部分であり、大切な部分なのだと思います。

こういった「読書の中に楽しさを見出すことで、自然と多読をできるようになる」というのは松岡正剛さんの『多読術』と似た部分があるように感じました。やはり大切なのはまず「楽しむ」ということなのでしょう。

また著者は書評家らしい意見として「書くために読む」ということも推奨しています。

本を読むという作業はインプットです。しかしインプットも続けるだけでは次第に息苦しくなってしまいます。そうならないために、適度にその内容をアウトプットする(書く)ことで負担を減らせるのだとか。

「自分の中に情報を書き写そう」という意識を最初から捨ててしまい、「自分の外に書き出せば いい」というスタンスで本と向き合ったほうがよくはないでしょうか。「書くために読んでいる」という意識で本を読むようになると、「覚えるために読んでい る」という面倒な固定観念が脇に押しやられますから、読書が非常に楽になります。

これは普段から読書感想をブログに書いている自分には納得できる感覚です。こうやって記事としてアウトプットしておくと、そう簡単に本の内容を忘れたりはしなくなります。またブログに書く前提で読書をすることで、より大切な部分を見つけようとするアンテナが敏感になるように思います。

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「書くために読む」というと読書が目的になっているように思うかもしれませんが、個人的には「書く」というところまでが読書の一部のようになっているので、それほど息苦しさはなく、むしろ楽しんでいます。遠足も「帰るまでが遠足」とよく言いますが、自分にとっては「ブログに書くまでが読書」という感じですね。この例えは正しいのかどうか。

「本がなくても生きていける」から楽しい

僕にとってのこの本の印象的な一行を抜き出すなら「本がなくても生きていける」という部分になります。

著者は音楽ライターとして大量の音楽を聞く日々を送っていたけど、ある時に実験的に一ヶ月ほど音楽から離れる生活を送ってみたらしい。その期間の生活は思いのほか快適ではあったけど、同時に「音楽がなくても生きていける」ということは大切だと思うようになったのだとか。その理由としてこう続けています。

「なくてもいいもの」だということを前提にしたうえで、「音楽があると、生きていくことはもっと楽しくなる」という感覚を持つほうが大切だと考えているのです。

本に関しても同じで、読んだからといって腹が膨れるわけでもないし、睡眠の代わりになるわけでもありません。極端な話、本は自分の生命活動に関しては大きな意味を持ちません。

ただそういった前提を理解しつつも「それでも本を読みたい」と思うのであれば、それはとてもピュアな感情ですし、大切にするべき感情です。冒頭で言ったような「読書で悩む人達」も本当は本が大好きで、だけど思うように読めないというジレンマに悩まされているのだと思います。この本はまさにそういった人向けに書かれているので、読んでみることをおすすめします。

そして、みなさんの人生にとって、本が〝ある〟ほうがいいのだとすれば、僕が紹介してきた読書スタイルはきっとお役に立てるはずです。そう信じているからこそ、この本を書こうと思い立ちました。

この記事では主に本書に書かれた「読書に対する思い込み」について触れたので、実践的な部分はすっ飛ばしています。「”遅読家”がどのようにして”多読家”になれたのか?」という中心的な部分は実際に読んでご確認ください。

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