習慣化で満足せず、常に原点を振り返る人が成長する

「習慣化」というと、物事を継続させる最強の方法のように思ってしまいますが、同時にもろい部分もあると僕は考えています。

「習慣」がはらんでいる危険性

習慣とは、日常の中で無意識で繰り返される行動のことで、とりあえず何事も習慣化することが望ましいというように言われることが多いです。特に勉強や運動などはその傾向が強いように思います。

ただ最近思うのは、その「無意識で繰り返されている」という部分には危険もあるのではないかということ。習慣として続けていくと、段々と動機づけが無くても行動に移ることができるようになります。それを繰り返していると、原点にあるその行動の意味が薄れていくのですよね。

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例えば僕の習慣といえば、「このブログを毎日書く」がパッと浮かびます。ブログを始めた理由は「学んだことを発信したい」「文章と向き合いたい」「有名になりたい」など立派なものから下衆なものまで色々です。考えればこれだけの理由が浮かぶのですが、恐ろしいことに習慣として続けている間は、これらの理由が頭から忘れ去られていることが多いのです。

よくある「ブログ更新しなきゃ病」とも呼べるでしょうか。この病気の何が悪いかというと、目的がズレてしまっている部分なんですよ。元は「ブログの文章を使って目的を達成しようとしていた」わけなのに、「ブログを書くことが目的」になっているのですから。

習慣化というもの全般にもこれが当てはまるように思います。確かに無意識でも物事を続けられることは素晴らしいです。でも根本にある理由が不明瞭になってしまったまま続ける行動に、果たして意味があるでしょうか。

習慣化している行動こそ、その根本にある意味を振り返ろう

習慣を無駄にしないために大切なのは、単純ですが常々その行動の奥底にあった意味を思い返すことしかないと思います。ブログならカッコイイ言い方をすれば「自己実現」、ランニングだったら「痩せる」、といったように、習慣化するに至った理由を常に頭に入れておかないといけません。

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僕の場合は、最近ですと毎月の始めにブログの運営報告の記事を書くようになりました。自分のブログのPV数を振り返るとともに、反省点やこれからの課題を深く考えることになるので、自ずと原点に立ち返らざるを得なくなります。

他にもランニングだとアプリで走った距離やカロリーを計算し、毎日23時に体重を測ってこれまたアプリに記録しています。こうすることで成果がわかるのでモチベーションに繋がりますし、目的もズレません。

このように、自分の習慣の成果を記録する場所を設けると、自然と原点に戻ることに繋がり、理由を忘れることもないのでオススメです。

何かを習慣にして行動している人は、ただやることが目的になっていないか振り返ってみてください。もしそうなってしまっていたなら、原点を振り返るための工夫をしましょう。そうでないと、せっかくの習慣が無意味になってしまいます。

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