日本の美の根本は陰翳にあった/『陰翳礼讃』

人はあの冷たく滑かなものを口中にふくむ時、あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で融けるのを感じ、ほんとうはそう旨くない羊羹でも、味に異様な深みが添わるように思う。(本文より)

-西洋との本質的な相違に眼を配り、かげや隈の内に日本的な美の本質を見る。

この随筆は谷崎潤一郎が日本文化における陰翳をとにかく礼讃しまくるという、言ってしまえば題名どおりの本である。気になったので文中に登場する「陰翳」という言葉を数えてみると、おおよそ20個近くもあった。50ページに満たない文章のなかでこれだけの数なのだから、いかに熱のこもった筆致で書いていたかがわかるような気がする。「陰」や「翳り」という同義語も含めたら30個はくだらないんじゃないだろうか。

大文豪が熱意を込めて書いただけあって、この『陰翳礼讃』は現代においても日本的なデザインを考えるときの参考とされることがあるらしい。また文章自体も美文名文であり、純粋に味わうだけでもいい。

秀逸かつユーモラスに語られる日本の古典美

日本の西欧化が進むにつれて生活のあらゆる部分は「明るさ」を追求するようになり、それに伴って「陰翳」は消滅していった。しかし谷崎潤一郎は「陰翳」こそが日本古来からの美意識の根本だと説く。谷崎潤一郎は関東大震災後に関西に移住したのだが、そのときに日本の伝統文化に傾倒していった。『陰翳礼讃』はまさにそういった時期に書かれた作品である。

日本の古典美を見出す谷崎潤一郎の視点は、身の回りのあれこれがすっかり西洋化した現代だからこそ見習うところは多い。無条件で西洋文化を良いもの、かっこいいものとして見ている人には特に読んでほしい作品だ。またひとつひとつの具体的な例をあげながら「陰翳」の素晴らしさを説いていくその論理展開にも目を見張るものがある。丸谷才一が谷崎潤一郎のことを「彼ほどの大才、彼ほどの教養と思考力の持ち主」と賞賛していたが、そういった素晴らしい頭脳の持ち主の論旨の運び方、主題を徹底的に掘り下げていくその姿勢は模範としたいところだ。

ただ個人的にはこの本はユーモラスな本だということを強調したい。まず陰翳を語るにあたっていきなり厠を例にとりあげるところから既におもしろい。ここでいう「厠」とはもちろん西洋の白色を貴重とした便所ではなく、離れにある木造のものを指す。谷崎は「私はそう云う厠にあって、しとしとと降る雨の音を聴くのを好む」と表明し、ついにはそれを「生理的快感」とまで言い切る。当然ながら本人は大真面目に言っているのだし説得力もたっぷりなのだが、大文豪が厠を引き合いにして熱弁していると思うと込み上げてくるものがある。またこの記事に冒頭にもある「羊羹」のくだりなども妙に庶民的でいい(日本の身近なところにある美を語っているのだから庶民的なのは当然なのだが)。それでいて大して好きでもない羊羹が実に美味しそうに思えてくるから不思議である。

谷崎潤一郎の小説といえば美を徹底追求したものが多く、その姿勢はこの『陰翳礼讃』でも変わらない。ただ視点を変えてみるとそんな大文豪の人間味を感じ取れる貴重な作品でもある。これから読む方、再読する方はそういった点も意識するとより楽しめるのではないかと思います。


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