インターネット全盛だからこそ持ちたい『校正のこころ』

インターネットやスマホの普及によって我々は見知らぬ人と容易にコミュニケーションを取れるようになった。それは素晴らしいことだが、それと同時に「言葉」というものにまつわるトラブルが目立つようになったのも事実である。ネット上での発言が取り返しのつかない事態を招いてしまった、ということも数多く目にしてきた。そんな「言葉が荒れている」時代だからこそ、自分の持つ言葉を見つめなおすための「校正のこころ」が必要なのではないか。本書はそう説いている。

本書の冒頭にも書かれているように、この本は校正についてのノウハウをまとめた本ではない。多少はそういった点にも触れてはいるが、どちらかといえば著者が仕事を通して見てきた校正を取りまく世界や、そこに内包される思想についてが中心となっている。校正という仕事を通して、言葉の持つ神秘性やおもしろさ、デリケートさなどが見えてくる一冊だ。

「校正のこころ」とはなにか

本書のタイトルにもなっている「校正のこころ」とはいったい何なのだろうか。それはひとことで言えば「積極的受け身」の態度なのだという。

著者によれば、言葉には二つの力が働いているという。ひとつはできるだけ多くの人に届こうとする力で、もうひとつは限られた人にだけ読んでほしいという排他的な力である。これはTwitterを想像してもらえればわかりやすいのではないだろうか。ツイートというのは訳せば「つぶやき」となるように、本来なら個人的なものであるはずだ。ただそれをなぜ誰でも見れるネット上に投稿するのかというと、やはりそれを不特定多数の人にも見てほしいという欲求が奥にあるからだろう。言葉は生まれた瞬間にこの相反する二つの側面を持っているものであり、このどちらが欠けても言葉は成り立たないのである。

この言葉が持つ二つの力をバランスよく維持するために、校正者には言葉を正確かつ効果的に届けるための判断基準と、言葉が持つ自律性――著者は「色合い、体温、手ざわり」と表現している――を尊重する意識が求められる。そのときに必要となるのが「積極的受け身」の態度だというのである。例えば校正の仕事において主体性を発揮しすぎると、それは自己満足にしか繋がらない。かと言って受け身に徹したとしても、それは言葉を野放しにしているようなものである。良い本を作ることにならない。必要なのは能動と受動をちょうどいいバランスで発揮していくことだ。そのためには受け身の態度を主体的に選択し、言葉の自律性をときには尊重し、ときにはセーブしたりするのが求められる。そういった姿勢を著者は「積極的受け身」と読んでいるわけである。

それはたんなる受動ではなく、校正者が積極的に主体性をもって受け身となって言葉に寄り添う──ゲラの言葉にとってどうなのかということだけをつきつめ、言葉の自律性を尊重し、支え、援助する──受け身であることを言葉の理解のために、よろこびとも武器ともする、という意味で、私はこれを「積極的受け身」(active passive)の態度と呼びたいと思います。

そしてこういった態度が校正者のみならず、ネットで言葉を発信する人にも求められているのではないかと著者は続ける。

インターネットにおける「校正のこころ」の必要性

冒頭でも言ったように、今の時代はインターネットによって言葉を編集したり、発信したりということが非常に簡単になった。DTPの普及によってパソコンひとつで自分の本を作ることもできるし、ブログやSNSによって自分の意見を世に投げかけるようなこともできる。紙の本や手紙でしか言葉を発信できなかった昔からすれば信じられないぐらいの進歩だろう。ただそのハードルの低さゆえに、誤った使い方をしてしまう人が増えたのも事実である。良い意味でも悪い意味でも、言葉が軽いものとなっているように思える。

著者が言うのは、そんな今だからこそ自分の言葉を見つめなおす「校正のこころ」を人が持つべきではないか、ということである。言葉を練りあげて発信するのが容易になったのは結構なことだが、そのなかに言葉を省みる「校正」の要素も含めれば、間違った言葉によって引き起こされるトラブルは減るのではないか。そう言っているわけである。

日本人は、これまでになくみずからを編集する力と、発信する道具を手に入れました。しかし、それだけではまだたりないのです。決定的に欠けている大切なものが、ほかにあるのです。もうおわかりでしょう。それこそが、「校正する力」、「校正のこころ」ではないかというのが、校正者としての私の率直な思いです。

言葉というものは少しでもバランスが崩れると、周りに届かなかったり、逆に牙を向いたりしてしまう部分があるように思える。著者が言うように今の時代は言葉が軽々しくなりすぎるあまり、自分の発言を見つめなおすことがないがしろになっているのかもしれない。気がつかないところで他人を傷つけてしまう可能性なんかもあるわけで、ブログを書いている自分のような人間は特に意識しなければならないだろう。

おわりに

本書の最後にあるQ&Aコーナーでは具体的な校正の注意点なども回答されており、ブログを書く人間として勉強になる部分が多かった。校正に対しての著者の哲学が大半の本ではあるが、技術的な内容も含まれているので、少しでも校正という仕事に興味があれば楽しめる本だと思う。

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