日本人だからこそ読んでおきたい『日本語練習帳』

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タイトルだけ見ると「日本語に不慣れな外国人向けの本」のようにも思える。しかし読み終えた後は、この本はむしろ日本人こそ積極的に読まなければいけない本だと感じた。

言語は「確かさの欠如、不安」をはらんでいる、と著者は言う。正しく伝えたつもりでも相手には誤解を与えていたり、逆に相手の言葉を誤って受け取っていたり、ということは僕達のコミュニケーションでは当たり前のように起こっている。だからこそ母国語である日本語だろうと、正しく伝え、そして正しく理解するための努力(練習)を重ねなければいけない。それが本書全体の主張だ。

本書の中では「思う」と「考える」といった単語の違いや、助詞の「は」と「が」の文法的な違いなどを入口として日本語の本質をわかりやすく解説している。淡々と解説しているだけだと教科書みたいでつまらないけれども、この本では日本語の歴史や文化などの側面にも触れているのでとてもおもしろく読める。また「練習帳」の名に違わず、途中途中で練習問題もあるので考えながら読む楽しみもあったりで、とても内容の濃い本だ。

語彙が少ないと正確なコミュニケーションはできない

本書では最初に「考える」と「思う」という言葉の違いについて取り上げている。これらは

  • 〜だと考える
  • 〜だと思う

というように一見すると似たような使い方ができる。しかし実際には「考える」という言葉には「2つ以上の物事を比較検討すること」という意味合いがあり、それに対して「思う」には「ひとつのイメージが浮かんでいること」という意味合いがある。普段は同じような使い方をしている言葉も、掘り下げてみるとこういった明確な違いを持っているのである。

ここで著者が言いたいのは「言葉のわずかな違いに鋭敏になることで、日本語を正しく書き、正しく読むことができる」ということだ。例えば上の例でも、ニュアンスとして「考える」を使わなければいけない時に「思う」という言葉を使ってしまうと伝える内容に齟齬が生まれてしまう。また自分が読み手・聞き手である時も「思う・考える」の違いを理解できていなければ、相手の本当に言いたいことを理解できない。そういった違いに対しての感度が高い人が、自分の伝えたいことを明確に伝え、相手の言いたいことを正確に汲み取ることができる。

「語彙力」とも言い換えられる。語彙を増やせばそれだけ自分の内面に当てはまる言葉を探しやすくなる。逆に言えば語彙の少ない人は自分の言いたいことを上手く伝えられず、さらには相手が何を言いたいのか理解できないことも多くなりがちということだ。

人間の行為・行動に、社会のいろいろな状況に応じて新しい行動が出てくるように、必要から新しい言葉が出てきます。それがいい言葉かどうかを感じる鋭い感覚が必要です。そこで必要なことはまず区別できる単語の数を増やすこと。自分が区別して使える語彙が多くなくては、ぴったりした表現ができない。

本書の中には「昔の作家は語彙を増やすために辞書を片っ端から読んだ」というエピソードが載っているけれど、さすがにそこまですることは誰にでもおすすめできるものではない。そもそも自分があまりやりたくない。ただ自分たちが使う「言葉」というものが持つ意味に日頃からアンテナを張っておくことは、より深い言葉のやりとりを行う上で必要最低限の努力なのではないかと思う。

なぜ日本語を練習しなければいけないか

冒頭でもチラッと触れたように、著者は言語を不安定なものと考えている。自分の考えていることを言葉を介して完璧に相手に伝えることなど不可能だろうし、逆も然りである。

しかし、だからと言ってそこで限界を感じるのも違う。完璧は無理でも、完璧に近づくことはできる。そのためには言語に対して受け身でいるのではなく、多少なりとも積極的な表現と理解の努力が求められるわけである。

言葉は天然自然に通じるものではなくて、相手に分かってもらえるように努力して表現し、相手をよく理解できるように努力して読み、あるいは聞く。そういう行為が言語なのだと私は考えています。

読む前は実践的なトレーニングがメインの本なのかと思っていたけれど、意外や意外に言語というものをかなり深いところまで掘り下げている良書でした。ひさしぶりにおもしろい本に出会えたかも。

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