英語を英語として学ぶ先にあるもの/『日本人の英語』

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「冷凍庫に入れる」は put it in the freezer なのに「電子レンジに入れる」だと put it in my microwave oven となる。どういう論理や感覚がこの英語表現を支えているのか。著者が出会ってきた日本人の英語の問題点を糸口に、従来の文法理解から脱落しがちなポイント をユーモア溢れる例文で示しつつ、英語的発想の世界へ読者を誘う。

アメリカ人でありながら日本語に精通している著者が、日本人が使う英語に対する問題点をおもしろおかしく取り上げている。義務教育では教わらないような英語の奥底にある論理構造を知ることができ、英語なんて全く喋れない自分でも勉強になる内容が多い。約30年前の本だというのに新しい発見を与えてくれる一冊である。

ここが変だよ日本人の英語

最初に著者は日本人が使う英語の問題点として「冠詞の使い方」を取り上げている。1~3章に渡って冠詞についての内容となっているので、よほど著者はフラストレーションが溜まっていたと見える。

例えば” a”と”the”の使い方についてである。日本人の傾向として、これら2つの冠詞を名詞になんとなく付いているアクセサリーのように思っている人が多いのだという。自分がまさにそんな感じに思っていたので、読んだときにドキッとしてしまった。

ただそのような認識は全くの間違いであり、冠詞こそがその後に続く単語の意味的カテゴリーを決めるという働きを持っているのである。具体的な例として本書では”a subject”と”the subject”の違いを挙げている。どちらも「話題」という意味として使われているが、そこに内在するニュアンスは全く違う。”a subject”の場合、それを示すのは「(世間で知れ渡っている中のひとつの)話題」となる。それに対して”the subject”は「(それひとつしかない特定の)話題」、つまりは「注目の的」というような意味となるのである。前者の場合はその話題は取るに足らないものである可能性も潜んでいるが、後者の場合はそれは言うまでもなく知れ渡っている話題ということとなる。

一度名詞がaのカテゴリーに入れられたら,あるグループの中の一つにすぎない存在となる.一度theのカテゴリーに入れられたら,ある唯一の,特定のアイデンティティーをもっている存在となる.

このように冠詞には文章の内容を左右するような力を持っている。しかし日本人の場合、これらの冠詞を「なんとなく」で付けているパターンがあまりにも多いのだと著者は言う。そのような英文をネイティブの人が見ると、日本人が変な日本語のTシャツを着ている外国人を見たときのような複雑な気持ちになるのだろう。自分もまさに「なんとなく」で”a”や”the”を付けていた日本人だったので、大いに反省したい。

英語を英語として考える

このような諸々の間違いが起こる理由として、英語を日本語の論理構造で作ってしまうことにあると著者は言う。英語には流れのようなものがあり、それに熟達するには脳内から日本語を追い払い、英語は英語として学ぶことが必要だ。それは簡単なことではないが、そうすることで初めて得られるものがあると言うのである。

著者は来日前に日本人が使うヘンテコな英語のようなものを見ていて、とにかく不思議で仕方が無かったという話が書かれている。しかし日本に来て、日本語を日本語として学ぶうちに、日本人がどうしてそのような間違いを犯すのか、どういった心理が働いてそうなってしまうのか、それがかなり理解できるようになったのだと言う。

つまり英語を英語として学ぶということは、そこに潜む論理構造を見出すということになるし、それが同時に異文化の理解に繋がるということなのである。外国語を学ぶのは単に「言葉を喋れるようになる」というだけではなく、それを通して自国と外国の相互理解を深めるということに真の意味があるのだろう。

日本語の環境の中で長く暮らしたために,その変な英文が何をいおうとしているか,理解できるようになった.その英文を書いた人のことを想像し,その変な英文が出てきたのにはそれなりの理由があると考えられるようになった.それが外国語を学んで得られるもう 一つの価値であり,それは言葉以上の何かであるように思う.

おわりに

今でも読まれている古典的名著ということで、とにかく興味深い内容にあふれている一冊。また著者のユーモアに富んだ性格に由来するのか、取り上げる英文や随所に見られる皮肉めいたジョークがおもしろい。

自分が英語を学んだときは、このように英語の根本にある論理から解説してくれる授業は無かったように思う。この本の出版から30年が経とうとしているが、日本の英語教育は改善されているのだろうか。

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