あなたの知らない本当の二宮金次郎──『教養として知っておきたい二宮尊徳』

photo by  すじ-フォト蔵

二宮尊徳というと「誰だそれ?」と思う人が多いかもしれないけれど、二宮金次郎と言われればわからない人はいないだろう。そんな二宮金次郎こと二宮尊徳の生涯や、その人生哲学について解説されている一冊がこちら。

二宮金次郎というと学校にある銅像としての姿や、「歩きながらも本を読んでいた勤勉な少年」というイメージが強い。しかしよくよく考えてみると、具体的に彼が何をした人間なのか何も知らないことに気がつく。小学生の時などは学校七不思議のひとつとして「夜になると金次郎像が動き出す」なんて噂もあり、恐怖の対象ですらあったほどだ。同じようなイメージを抱いている人は多いのではないだろうか。

しかし本書を読み終えて感じたのは、勤勉な少年としての二宮金次郎ではなく、優れた実業家としての二宮尊徳の姿だった。非常に合理的で現実主義の彼の考え方からは、現代を生きる僕達でも学べるところが非常に多い。

現代でも新鮮な二宮尊徳の哲学

二宮尊徳の考え方には信奉者が多いが、それは彼が非常に合理的かつ現実を見据えた考え方の持ち主だったからだろう。200年前の江戸の時代を生きた人間の思想哲学でありながら、現代でも変わらず通用するように思える点は多い。

例えば彼があげた成果のひとつとして「枡の統一」がある。当時の年貢米の計量は枡で行われていた。しかしその枡の大きさがバラバラだったので、農民は不正に米を多く徴収され苦しんでいたのである。それを知っていた尊徳は枡の統一を藩に提案し、それを実現させた。減税によって農民は救済されることになったのである。

驚くべきは、その枡の設計を尊徳自身が行ったということだ。しかも独力で平方根を学び、それを用いて計算を行ったというのだから凄い。勤勉で、なおかつ合理主義である尊徳の姿勢を伺うことができるエピソードだ。

「勤勉」や「倹約」という言葉は尊徳を知る上でのキーワードとなる。しかし尊徳にとっての勤勉と倹約は、僕達が抱くイメージとは少し意味合いが異なるかもしれない。勤勉や倹約というと、それらは同時に「辛さ」も伴う印象が強い。勤勉といえば寝る間も惜しんで勉学に励むイメージがあるし、倹約というとひたすら我慢するイメージがある。しかし尊徳の場合はそれを良しとしない。

尊徳が借金の返済に困る女中に「普段は五本使う薪を三本に減らしなさい」と言ったエピソードがある。五本のところを三本に減らし、余った薪を尊徳が買い取るというわけだ。しかしいつも通りのやり方をしても当然ながら薪が足りなくなって仕事にならない。そこで尊徳は薪の並べ方や、釜の使い方をアドバイスすることで、少ない薪でも効率的に火力を出す方法も教えてあげた。創意工夫を凝らして仕事をこなしていった女中は無事に借金も返済できたという話だ。

つまり尊徳にとっての勤勉や倹約は苦痛を伴わなければ実現できないものではなく、頭を使って合理的な方法を取ることで成し遂げるものだったわけである。

これが尊徳流の倹約であり、勤勉であった。人の生活を暗く、憂鬱なものにする苛酷な倹約や勤勉ではない。知恵を働かせ、そのモノ(ここに紹介した台所女中の場合なら薪)の備える本質を最高に発揮させるのである。これが、「モノの徳を生かす」という発想になり、後の報徳思想に発展していく。

思考停止を避け常に最善を追い求める姿や、その驚異的な行動力をあらわしているエピソードはこれら以外にも存在するが、どれも学ぶ点が非常に多い。著者は二宮尊徳を「破天荒」と表現しているが、まったくその通りだと思う。金次郎像を見ると何となくひ弱な少年の印象を受けてしまうが、実際には柔軟な思考と驚異的な行動力の持ち主だったのだろう。

おわりに

本書は「著作を通じて、尊徳の教えを多くの皆さんに伝えることができないか」という著者の想いから執筆された。読み終えた後、小学生の時には登校の度に目にしていた二宮金次郎のことを実は何も知らなかったということが少し恥ずかしくなった。そして同時に僕と同じような人も多いであろうことに少し悲しさも覚える。

単なる「教養」以上のものを二宮尊徳という人間から見出すことのできる人もいるかもしれない。そのぐらいに深い思想を持っている人物だ。個人的には「天道人道論」「道徳経済一元論」などにはハッとさせられる部分が多かった。

※アイキャッチ画像:二宮金次郎像のオリジナル by すじ

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