必要なのは「精神の緊張を伴う読書」/『読書力』

本を読むことの意味は何? 案外答えにくい問いに、「読書によって…の力がつく」という形で考え、コミュニケーションの力、人間を理解する力との関わりを示 します。自分をつくり、鍛え、広げることが、読書とどう結びついているかを述べて、あらためて読書の本質を見つめます。心に残るフレーズ、工夫の手がかり も満載です。

著者の齋藤孝さんは「本は読んでも読まなくてもいいというものではない。読まなければいけないものだ」と断言するほど、読書を大切なものだと考えている。本書はそんな著者の読書に対する熱い思いが溢れている。具体的な読書術も書かれてはいるけれども、それ以上に著者の熱弁に触発されて読書欲を掻き立てられる――そんな一冊と言える。

なぜ読書を「しなければいけない」のか

冒頭でも言ったように、著者は読書をやってもやらなくても人それぞれの――例えば趣味のような――モノとは考えておらず、万人が等しく行うべき行為だと考えている。そう考える理由のひとつとして、それが自己形成の最良の手段だからだという。

「本はなぜ読まなければいけないのか」という問いに対する私の答えは、まず何よりも「自分をつくる最良の方法だからだ」ということだ。

どうして読書は自己形成の手段となりえるのだろうか? 自己形成とは言い換えれば人間的に成長するコトと言い換えることができる。そしてその成長のためには他者、それも優れた人格を有した人間との対話は不可欠となる。しかし現実的には優れた人間などそういるものではないし、いたとしても簡単に会って話をできるものでもない。読書はその問題点を補うことができる。

出口治明さんの『本の「使い方』に、「読書は時間軸と空間軸が圧倒的に広くて深い」ということが書いてあった。例えば現代に生きていても、『自省録』を読めば古代ローマ皇帝の思想に触れることができる。また宇宙についての知識を持たずとも、『ホーキング、宇宙を語る』を読めば「宇宙スゲー」と感動することができる。

そういった歴史や地理的な境界を越えて、容易に優れた人々との対話を行うことができるのが読書の最大の強みというわけだ。

しかし、本ならば、現在生きていない人でも、優れた人との話を聞くことができる。優れた人との出会いが、向上心を刺激し、人間性を高める。

「読書力」はどう鍛えるのか

この本の名前にもなっている「読書力」はどのようにして鍛えればいいのだろうか。

本を読む上では「精神の緊張を伴う読書」が必要だと著者は言う。著者は読書をスポーツのようなものと捉えているようだ。ランニングでも筋トレでもそうだけれど、パフォーマンスを高めるためには敢えて身体を痛めつけることが必要となる。そうすることで段々と力強い身体が形成されていくからだ。読書もそれと同じで、簡単な本ばかりを読んでいても成長は見込めない。本で理解できない部分があるということは、多くの場合はそこには未知の情報が詰まっていると考えるべきだ(残念ながら単に悪文の場合もあるので見極めることも必要)。難しくとも多少ぶつかっていくことが、自分の読書力を鍛えることにつながっていくのだろう。

また『三色ボールペン情報活用術』の著者らしく、本書でも本の中に線を引くことを推奨している。本に線を引くことは本の要旨を掴む良い練習になるし、何よりも読み返した時には線が引かれたところを中心に読めばいいので非常にわかりやすい。これも読書力を鍛える上で良いトレーニングとなる。

線を引くのは個人的にもかなりおすすめできる。本はやはり読み返すものだと思うし、その時に線を引いてあるか引いてないかでは、読み返した時の効率にかなりの差がでる。それに一色の黒線が引いてあるよりも、三色だと見栄えが良い。

おわりに

とにかく斎藤さんの読書に対する想いが「熱い」一冊。

ただ勘違いしないでほしいのは、本書は「読書は辛いもの」と言っているわけではないということだ。読書を本当に素晴らしいものとして味わうために「読書力」は必要であり、それはもちろん「楽しむ」ということも内包している。著者自身も本を素晴らしいものと思っているからこそ、姿勢が厳しくなっている部分があるのだろう。その辺りも本書を読めば感じることができるので、よろしければ読んでみてください。

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