教養を身につけるなら「ルドルフとイッパイアッテナ」を読め!【書評】

ブックオフで「ルドルフとイッパイアッテナ」が100円で売っていて、あまりの懐かしさに思わず購入。十数年ぶりぐらいに読みなおしました。

驚愕。この本は偉大すぎる。非常におすすめの本です。

ページをめくる毎に訪れる感動の連続。それは子供の時には絶対に味わえないものでした。この本に出会っていた過去の自分と、この本が100円で売っていることに気づけた現在の自分を全力で讃えたい。

この300ページにも満たない児童書で、ブログの記事が5個は余裕で書けそうに思えるぐらいに色々なことに気づかせてもらいました。

しかし実際にそれだけの記事を書いてしまうとさすがにクドいので、今回はこの本の中にたびたび登場する「キョウヨウ(教養)」という言葉に焦点を当てて紹介していきます。

※わかりにくいかもしれないので簡単に登場人物を説明すると以下のとおり。

  • ルドルフ:黒猫。トラックに閉じ込められて遠くの地へ来ることになってしまった。育ちがいい。
  • イッパイアッテナ:ボス猫。人間の字が読める。ルドルフの師匠的存在となる。

教養が無い人は「黒猫は縁起が悪い」なんていう迷信を真に受ける

教養という言葉は日常でもたびたび耳目に触れますが、実際に意味を説明するとなると言葉に詰まってしまいます。

「ルドルフとイッパイアッテナ」の中には「キョウヨウ(教養)」という言葉がたびたび登場し、読者に「本当の教養とは何か」ということをわかりやすく伝えてくれます。

以下は物語中で初めて教養という言葉が登場する場面です。※読みやすさを重視するため、ひらがなは適度に漢字変換しています。

黒猫が縁起が悪いなんて迷信だ。そんなことをいまどき信じてるのは、教養がねえ証拠さ。

あの太ったおばさんは、いつもあんなことを言ってるんだ。けっして悪い人間じゃないんだけどなあ。

黒猫という理由でルドルフを気味悪がったおばさんについて、イッパイアッテナが発した言葉です。

この場面を読んだ時に、僕は「7つの習慣」の「主体性を発揮する」という言葉を思い出しました。

「人間は全ての行動や感情を自分で選択し、そしてその責任を持たなければならない」というものが主体性を発揮するという言葉の意味でした。

主体性を持った人は、自らの強い意志で行動をしています。他人の意見によって流される「受け身の姿勢」を取ることはありません。そしてそれが成功する人に共通する原則だと「7つの習慣」では言っていました。

このおばさんはまさに「主体性を持たない人間」であると言えます。「黒猫が不吉」なんて話は、少し考えれば何の根拠もない迷信だとわかりますよね。しかしおばさんは考えることすら放棄して、まんまと迷信を真に受けてしまっているわけです。(何の罪もないおばさんをボロクソに言い過ぎかもしれませんが笑)

この場面での教養の意味とは、主体的に物事を選択し、他人の言葉に流されないための力と言えます。

「7つの習慣の書評みたいになってないか?」というツッコミが飛んできそうですが、いいんです。「ルドルフとイッパイアッテナ」という本がきっかけで、昔読んだ本の再確認ができているのですから。

「7つの習慣」は世界的に有名な自己啓発本です。胡散臭い自己啓発本が多い中で、僕が本物と認める数少ない本なので、よろしければ読んでみてください。現在は新訳版が出版されているようですね。

汚い言葉は、その人の精神も蝕む

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ことばを乱暴にしたり、下品にしたりするとな、しぜんに心も乱暴になったり、下品になってしまうもんだ。

なんとストレートかつ説得力にあふれた一文でしょう。汚い言葉を使ったルドルフを、イッパイアッテナが叱りつけたときの場面です。猫の言葉とは思えません。

これはこの記事を読んでいる人も思い当たる節があるのではないでしょうか。他人の悪口や愚痴をこぼすことは人間だったら誰でもしてしまうことかもしれませんが、その後は余計に心が荒んでいってしまうように思います。

また普段から人を口汚く罵っている人や、愚痴が多い人は、表情もどこか眉間にしわが寄っていたりして、およそ上品からかけ離れた印象になっているものです。

辛い時は無理矢理にでも笑えば、次第に元気になるものです。しかし逆に、汚い言葉を使うと無意識的に心もどんどん醜悪なものになっていきます。特に他人の悪口を言うことは、その人を傷つけることはもちろん、自分自身を貶めることにも繋がります。

イッパイアッテナの発した一言は、言葉というものがもつ重みを認識させてくれます。

勉強をする理由の最もシンプルな答え

「字が読めるのに、まだ勉強する気かい。どうして、そんなに勉強したいんだい。」

「おれには、やりたいことがあるのさ。まあ、それはいいじゃないか。」

僕は以前に、勉強をする理由を「学門のすすめ」を取り上げつつブログ記事としてまとめたことがあります。

しかしこの子供向けの本から生まれた一文は、僕が長々と書いた記事の何倍もの説得力を持っているように思います。悔しいけど。

「やりたいことがあるから勉強をする」というシンプルさ。勉強とは本来誰かにやらされるものではなく、主体的に行うものだということを再認識させてくれます。

これは現代の教育に必要なことも教えてくれています。

最近は「勉強の面白さを伝える教育」なんてものに力を入れているようですが、それよりまず子どもたちに勉強をする目的となることを芽生えさせることが重要なのではないでしょうか。つまらないものを面白いものと認識させるより、余程効果があると思います。

教養の無い人は「知らない」を馬鹿にする

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ちょっとできるようになると、それを使って、できないやつを馬鹿にするなんて、最低の猫のすることだ。

教養のある猫のやるこっちゃねえ。

簡単に説明できることをわざわざ難解にして、自己満足に浸っているブロガーに突きつけたい一文です。(僕も過去にこじらせてそんなことをしていましたが)

教養とは人に見せびらかすようなものではありません。それは自分自身を高めるためのものであり、他人は関係ないのです。

また教養はひけらかすよりは、にじみ出る方がカッコイイものです。そっとした仕草や言動の中に教養を感じる人は、非常に魅力的です。

みなさんも学んだことをひけらかして、得意気になるようなダサい人間にならないように注意しましょう。

ルドルフの持つ素晴らしい人間性(猫性?)から教養を学ぶ

長くなってしまったのでこれで最後にします。

以下はイッパイアッテナがルドルフに対してかけた言葉ですが、ルドルフがいかに愛すべき猫なのかが理解できる場面です。

「(省略)おまえは、いつでも明るくって、ほかのやつを押しのけて、自分だけいい思いをしようってところが全然ない。

お前と一緒にいると、心が洗われるような気持ちがするぜ。」と、照れくさそうに笑った。

このルドルフの純粋な性格こそが、最も学ぶべきことなのかなと思いました。教養とは豊富な知識も大切ですが、突き詰めていくと、その人が持つ人間性のことなのではないでしょうか。

またルドルフのような心の持ち主は、一緒にいる人を幸せにすることができます。それは僕たちが他人にできることの中で、最上のことなのではないかと思います。他の猫と群れないイッパイアッテナが心を許したのも、ルドルフと一緒にいると楽しいからでしょう。

ルドルフのような豊かな人間性を育むために、我々は勉強をしたり、様々な人と触れ合って、教養を高めていかなければならないのだろう、というのが僕がこの本を読んで学んだことです。

あとがき

本当はもう少し書きたいこともあったのですが、長くなるのでエッセンスのみを抜き出したつもりです。

「ルドルフとイッパイアッテナ」は本当に学べることが多い本です。児童書なので簡単な言葉でわかりやすく描写をしてくれているのですが、内容は非常に深いです。

大人にこそ読んでほしい児童書です。あっさりと読めるのに見返りが大きい本なので、よろしければ読んでみてください。

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