【読書感想】『ヴェニスの商人』シェイクスピア著

「シェイクスピアの作品の中には全てが存在する」

どこかの本のそんな一文に触発されたのが、特に読んだこともないシェイクスピアの作品を読んだ理由だった。「全てが存在する」というのはさすがに過言ではないのか、と思ってしまう。しかし400年以上も彼の作品が愛され続け、時には論争の的にまでなるのは、その中に人を惹きつける何かがあるに違いない。

「シェイクスピアの代表作は?」と聞かれると有名作品が多すぎて答えに窮してしまうが、今回紹介する『ヴェニスの商人』をあげる人は少数派では無いだろう。日本で最も多く上演されたシェイクスピア作品でもあるらしく、本は読んだことが無いけど劇は観たことがあるという人もいそうだ。

貿易省のアントーニオーは親友のバサーニオ―のために、高利貸しのシャイロックからお金を借りる。その条件として、返済期限を守れない場合には胸の肉1ポンドを与えることになった。しかし身に降り掛かった災難により、アントーニオ―は返済が不可能になってしまう。そして物語はクライマックスの「人肉裁判」へと進んでいく……。

「人肉」という物騒な単語が飛び出したので念の為に言っておくと、この物語は「喜劇」に位置づけられている作品である。物語は終盤に大逆転を迎え、めでたしめでたしとなる。言ってしまえば「王道」そのもののストーリー。

しかし今の時代では、この王道さが逆に新鮮にさえも感じる。設定や世界観を捻った作品が多い中、400年前に生まれたこの作品は、普遍的な良さを教えてくれる。安心感と言ってもいいかもしれない。ドラえもんの道具で痛い目を見るのび太くんや、アンパンチでふっ飛ばされるバイキンマンのような様式美が『ヴェニスの商人』には存在するように思う。この例えは褒めているのであって、馬鹿にしているのではありません。

さて冒頭でも少し触れたように、シェイクスピアの作品は時に論争をも巻き起こすことがある。『ヴェニスの商人』もその例外ではない。その原因のひとつにシャイロックの存在がある。

シャイロックは作品においては悪役に位置するので、最終的には不幸な結末を迎える。それは話の流れとしては当然なのだが、面白いことに中にはこのシャイロックの境遇に同情する人がいて、さらにはこの作品を「悲劇」とまで捉える人がいるのである。

『ヴェニスの商人』を悲劇として見た著名な人物として、詩人のハイネがいる。

執筆当時はただの喜劇として見られていたが、ハイネは「シャイロックの悲劇」と呼び、観劇中後ろで涙を流している女性を見たという逸話が残る。

引用元:Wikipedia – ヴェニスの商人

自分としてはさすがに悲劇とまで言ってしまうのは行き過ぎだとは思うが、シャイロックに同情の念を持つのはよく理解できる。なぜなら自分がまさにそうだったからだ。悪役ということは把握していても、やはりどこか可愛そうにも思えてしまう。

訳者の福田恆存さんは、シャイロックはあくまで喜劇の中で悪役という役割を振り分けられただけなのだから、必要以上に舞台という額縁から外して感傷的な見方をするべきではない、と巻末解説で述べている。つまりはシャイロックはあくまで作品を構成するひとつの要素なのだから、観客はそれをありのまま受け止めればいいのである。

こういった「喜劇派VS悲劇派」だけではなく、ユダヤ人に対する差別的な描写が多いことから「人種差別問題」に関連付けられることも多い。それは当時の風潮もあるので仕方がないのかもしれないが、とにかく『ハムレット』と同様にこの『ヴェニスの商人』も話題には事欠かない。それは同時に作品の奥深さを表しているのだろう。

シャイロックも魅力にあふれたキャラだが、個人的にはグラシャーノーにも注目してほしい。脇役には違いないのだが、要所で見て取れる憎めない性格が、非常に良い味を出している。物語を締めくくったのが彼の台詞というのも面白い。

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