インターネットで馬鹿になる?『ネット・バカ』

インターネットの登場以降、自分たちの生活様式は大きく変化し、それはもはや手放せないものとなった。しかしそれと同時に失われたものも多いような気がする。具体的には集中力、思考力、時間といったものだろうか。『ネット・バカ』の著者も同じようなことを言っているので引用してみる。

書物なり、長い文章なりに、かつては簡単に没頭できた。物語のひねりや議論の転換にはっとしたり、長い分を何時間もかけて楽しんだりしたものだ。いまではそんなことはめったにない。一、二ページも読めばもう集中力が散漫になってくる。そわそわし、話の筋がわからなくなり、別のことをしようとしはじめる。ともすればさまよい出て行こうとする脳を、絶えずテクストへ引き戻しているような感じだ。かつては当たり前にできていた深い読みが、いまでは苦労をともなうものになっている。

心当たりのある人はきっと多いと思う。ネットによって人間は常に注意散漫ともいえる状態になってしまったというのが著者の言うところだ。ではネットを生活から消し去ればいいかと言えばそうではない。そもそもそんなことはもはや不可能だし、この本で語られるのはそんな単純な話ではない。

本書ではインターネットが我々の行動に与える影響を検討しつつ、現代の人々がインターネットとどのように向き合えばいいかが述べられている。刊行されたのは2010年とそれなりに前のことだが、今でも十分に通用し、納得のできる内容となっている。

インターネットが人間に与える影響

まずインターネットが人間を「注意散漫」の状態にするのは述べたが、それは何故なのだろうか。

まずネット上の文章には圧倒的に寄り道が多いことがある。Wikipediaの記事を想像してもらえるとわかりやすいかもしれないが、至るところにハイパーリンクが存在しており、それらが文章の頭から終わりまでを通して読ませることを許さない。それ以外にも関連項目の表示、引用元などが常に表示されている。

さらに困ったことは、我々はそういった中断を潜在的に求めているということだ。中断とは言い換えれば新しい情報の発見でもある。ハイパーリンクによって別のページに飛ぶことは新たな知への入り口であり、それは脳にとってほとんどの場合に喜ばしい。同じことがSNSやメールにも言える。Twitterのタイムラインが更新されたときやメールを受信したとき、人は社会に通じている安心感を覚える。それらが無ければ社会的に孤立しているような感覚に陥ってしまうのである。言ってみればSNSは人間の本質的な部分を巧みに突いているわけなので、これだけ爆発的に流行するのも当然なのかもしれない。

われわれは作業が中断されることを求めている。なぜなら中断するたびに、貴重な情報がもたらされるからだ。これらのアラートを切ってしまえば、つながりを失ったかのように、あるいは社会的に孤立しているかのように、感じてしまう危険がある。

また脳には神経可塑性という性質が伴っているらしく、これが拍車をかけている。ざっくり言えば繰り返し行っていることが習慣として脳に定着してしまうのである。逆に使われない回路は最悪の場合には消滅してしまう。つまり中断を求め続ける脳へと変貌してしまうのである。これらの要素によって注意散漫の状態が引き起こされているというのが著者の主張だ。

ただしインターネットを利用することが脳に良い影響を与えることももちろんある。文中で語られている実験によれば、インターネットやゲームをやっている人のほうが情報処理やマルチタスク能力が高いようだ。ただしこれにはリスクが伴う。同時に創造性や深く思考する能力に関する脳の回路が衰えてしまうのである。またマルチタスク能力には限界があり、多くの場合にひとつのことに集中するほうが効率が良い。本書のなかの言葉を使えばマルチタスクとは「表面的な熟達」でしか無いのである。

問題はネットの存在ではない

あたかもインターネットが悪者のような言い方をしてきたが、最初にも言ったようにそういう話ではない。真の問題点はインターネットとそれ以外に充てるべき時間のバランスが取れない状況そのものにある。著者はこのように言っている。

調和の取れた精神を発達させるには、幅広い情報を発見してすばやく分析する能力と、オープンエンドな考察を行う能力の両方が必要だ。効率よくデータを収集する時間も、非効率的な思索の時間も、機械を動かす時間も、楽園にぼんやり座ってる時間も必要だ。(中略)今日のわれわれが抱えている問題は、これら二つの非常に異なる精神状態のバランスを、うまく取れなくなりつつあることだ。精神的にわれわれは、機関車のごとく絶えず動いている。

インターネットは素晴らしい。生活に欠かせないものである。だからといってそれのみに時間を注ぐことも健全とは言い難い。双方のバランスを取ることが精神の調和につながるのである。

では具体的にどのようにバランスを取ればいいか、という話は本書には書かれていない。ただこれは著者なりのメッセージなのだと個人的には思う。つまり「自分で考えろ」ということだ。Googleで調べ物をすると時間と労力の節約になるが、同時に我々は思考力とオリジナリティを放棄しているのである。ネットは高い確率で一般的な正解を導きだしてくれるが、そこには独自性が排除されてしまっている。他人が通った道をなぞっているだけだ。正しさは存在しても、面白さはないのである。

『ネット・バカ』を読んで著者からの警鐘に多少なりとも思うところがあるのなら、我々は今からでも自分で考えることから始めるべきなのだろう。

おわりに

自分が初めてインターネットに触れた時はその便利さに驚愕したものだが、何年も使っていくうちに自分で考えて行動する能力が弱まっていることを感じはじめた。こうしてブログを始めたのは、今思えばそんな自身に危機感を抱いていたからなのかもしれない。自分にとって文章を書くというのは紛れもなく創造的で思索に富んだ時間である。とりあえず自分は文章を書くことで精神の調和を維持したいと思います。


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