自分で考える力を養うために / 『思索』(ショウペンハウエル著)

以前にもブログで取り上げた『読書について』の中の一篇である、『思索』を読みました。

この本は『思索』『著作と文体』そして表題でもある『読書について』の三篇で構成されており、『思索』はその最初に位置する作品です。 相変わらず心に刺さりまくる言葉の連続で、「考える」ということの重要性を否が応でも考えさせられる内容となっています。約200年前の作品とは思えないような新鮮さがあります。

※「思索」と「思考」という言葉と厳密な違いはありそうですが、とりあえずこの記事では「思索」と「思考」という言葉は同義として扱っていきます。ちなみに原題をそのまま訳すと「自分で考えること」となるようです。

『思索』の概要

『思索』というタイトルではありながらも、作品を通して読書が精神に与える影響について語っている部分が多い。これは当時は思索をする上で、本から知識を得ることが当たり前だったからでしょう。今のようにネットなんて無いからね。

この作品全体のショウペンハウエルの主張をまとめると「自分自身で考えぬいた知識でなければ無意味であり、その点で多読は精神にとっては毒である」ということ。ショウペンハウエルは、読書によって得た知識を自分で考えたことのように振り回す人を「書籍哲学者」と批判的に呼称し、自ら思索する人を「思想家」と呼んで明確に区別しています。

また彼は「本で得た知識より、思索によって得た知識は100倍勝る」とも言い切っています。

自分の思索で獲得した真理であれば、その価値は書中の真理に百倍もまさる。

理由は「思索を通して獲得することで、初めて精神に定着する知識となる」から。本を読んで得た表面的な知識よりも、自分の内から生み出された方がより理解できるし、忘れにくいし、重要なものとなりやすい。 これが彼が思索の重要性を説く上で核となっている考えとなっています。

thinking-272677_640-min

また勘違いされがちですが、ショウペンハウエルは読書自体を否定しているわけではありません。批判しているのはあくまで「本から知識を得ることによって、思索を怠る人間」であって、思索の材料として本を読むことについては推奨しています。つまり、本を読んで満足するのではなく、そこから新しい発想などを生み出すのであれば大いに結構ということですね。

――というのが『思索』に書かれている大まかな内容です。

ここで記事を終わらせても取り上げた本が素晴らしいので、ある程度のクオリティの記事にはなりそうです。

ただ本の概要を書いただけでは、ショウペンハウエルが大嫌いな「書籍哲学者」と同類になってしまうので、次からは自分の考えをベースに色々と語っていきます。

ブログは思索を無意識的に行える優れたツール

まず思ったのは「やっぱりブログって最強じゃね?」ということ。

例えば本の感想をブログで書く作業って、『思索』に書いてある「読書を材料として思索する」という一連の流れを意識せず行うことができているんです。感想を書くという作業には、絶対的に自分の思考が不可欠となります。頭を使わずに文章なんて書けないので。

またこれは読書に限らず、実体験などについて書くことも同じだと思います。ブログ記事としてアウトプットすることによって、どんな出来事にも自然と「思考」が加わることになります。それがブログというツールの素晴らしさだとあらためて実感。

balloon-912805_640-min

ただ書評記事に関しては注意しなければなりません。油断するとあらすじだけをまとめたり、本の内容を取り上げただけで、自分の考えなど存在しないような記事にもなりかねないからです。先ほども言った通り、それでは他人の知識を我が物顔で乱用しているだけの「書籍哲学者」に成り果ててしまいます。

僕の話で恐縮ですが、本を取り上げて記事を書くときは絶対に自分の考えが大半を占めるようにしています。ブログで記事を書くなら「自分」を押し出すことは重要だと思いますし、単純にその方が書いていても面白いから、という理由です。

そういった記事の書き方が、ショウペンハウエルの言う「自分で考え抜いた価値のある知識」に到達するかはわかりませんが、あらすじをまとめるだけで満足していることに比べれば、かなり有意義なことには違いないと思っています。

そういうわけで、性懲りもなく「ブログ」に当てはめて色々と考えてみました。これが一番考えやすいのでね。

考える時間は、意識しないと持つことができない

意識的に「考える時間」を持つことは大切だと最近思っています。今は疑問に思うことは、本やネットですぐに解決できる時代です。それは便利なことなのですが、それに慣れてしまうと考える力は次第に弱くなってしまう弊害もあります。

考える力が弱いと、いざという時に自分の意見を言えなかったり、他人の意見を鵜呑みにしまう意思決定力の無い人間になってしまいます。そうならないために、日頃からまず自分で考える癖を作ったり、10分でもいいから本気でものを考える時間を設けたりする必要があるのではないかと。

meditation-909301_640-min

割りと真面目に瞑想を日常に取り入れてみようかなと、最近考えています。たまに考え事が行き詰まった時にやったりしていたのですが、毎日やろうかなと。あれは嫌でも何かを考えざるを得なくなりますからね。思考力を鍛えるには持って来いです。

少々話がそれましたが、『思索』――素晴らしい作品でした。考える力が弱くなりがちな現代だからこそ、読む価値のある本です。

SNSでもご購読できます。