「問い」から生まれる「意見」を軸に書く『伝わる・揺さぶる! 文章を書く』

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Kindle本のセールで大量に本を買ったので、読書が捗ります。今回はこちらの本。

お願い、お詫び、議事録、志望理由など、私たちは日々、文章を書いている。どんな小さなメモにも、読み手がいて、目指す結果がある。どうしたら誤解されずに思いを伝え、読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?本書では小論文指導のエキスパートが、「意見」「望む結果」「論点」「読み手」「自分の立場」「論拠」「根本思想」の七つの視点から、よい文章を書くための戦略をアドバイスする。自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、心を揺さぶる表現の技術。

文章において、単に「伝える」だけではなく「揺さぶる」ことの重要性とテクニックを教えてくれる本。

自分に対する「問い」から文章を作る

著者は文章において最重要なのは「書き手の意見があること」だと言います。書き手が考えた意見が無ければそれは単に事実を述べているだけで、読んだ人を「揺さぶる」ような力は生まれないというわけですね。

文章で、最も重要なのは、あなたが一番言いたいこと、すなわち、あなたの意見である。意見のない文章は、「結局、何が言いたいのか?」ということになってしまい、文章として成立しない。

文章を書きはじめた以上は、必ずどこかに自分の意見があるはずです。しかし自分の意見とは言いながら、自分自身でそれを正確に把握することは意外にも難しい。自分のことなのに、何を言いたいのかわからない状態というのは多いのです。

そういった状態を回避する方法として、著者は自分自身に対して「問い」をぶつけてみることが効果的だと言います。

自分で「問い」を立て、自分で「答え」を出す、さらに、その答えに、新しい問いを立てる。問い→答え→問い→答えを繰り返していくことで、考えは前に進む。

問題解決の手法として「なぜなぜ分析」というのがあります。起こった問題に対して繰り返し「なぜ?」と自問自答していくことで、根本的な問題を理解できるようになるというものです。文章を書く際に自分自身に「問い」を繰り返してみるのは、自分の根底にある「意見」を引っ張り出す上で効果のある方法ということですね。

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「意見」というのは文章におけるゴールにあたる部分だと思います。ゴールさえわかっていれば文章は書きやすくなりますし、読む側にとっても理解しやすいことになります。「まず意見ありき」で文章を考えるのは書き手にも読み手にも大切ということがわかりますね。

何を書いているかわからなくなったら?

文章を書いていて「あるある」なのが、気がつくと何を言いたいのかわからなくなるパターン。「自分で書いているのにそんなことあんの?」と思うかもしれませんが、本当によくあるから困る。

僕の場合はそういう時は「諦めて別のことをする」という逃げの一手を打つことが多いのですが、本書ではありがたいことに明確な対策方法を教えてくれています。それは「何のために書くか」という根本的な部分から考えてみること。

文章を書いていて、または書き出そうとして、自分が何を書こうとしているのかがわからなくなってしまうことがよくある。そのようなときは、何のために書くのかということを、考えるようにするとよい。

「言いたいことがわからなくなる」という状態は、目の前の文章に気を取られすぎて、その先にあるゴールを見失ってしまっている状態なのでしょう。そのために一度「そもそも何のために書くのか」と問いかけることで、状況を整理しようということですね。

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その問いかけも漠然と行えばいいというわけではなく、3つの順序を経ることが効果的なのだとか。

何のために書いているのか、わからなくなってしまったら、次の順序で、自分に問いかけてみよう。

  1. 自分は今何を書いているのか? 書こうとしているのか?
  2. だから、何なのか? それは読み手にとってどんな意味があるのか?
  3. 読み手にどうなってもらいたいのか? そのためにどう書けばよいのか。

自分を省みると、「1」はともかく「2」「3」の読み手の視点を考える部分が弱く、それが迷路に迷い込む原因のひとつなのかなと思いました。「自分の文章が客観的にどういう価値を与えているのか?」ということをもう少し考えれば、自分の場合の「何を言いたいのかわからなくなる」という状況を打開することに繋がるのかもしれません。

本書にはおあつら向きに、「読み手にどういう価値を提供するか」を考える時の効果的な方法も示してくれています。それは「自分の文章を読んだ人に何と言って欲しいか」をイメージするというもの。

自分が書いた文章を読み終えたとき、読み手に、どう言ってもらいたいか、その言葉で結果をイメージするのだ。

これは人によって千差万別だと思います。「わかりやすい」という言葉がほしい人もいれば、「考えさせられる」というような言葉を求める人もいるしれない。少し歪んだ性癖の人は罵倒されるようなコメントが欲しいということもあるかもしれない。

とにもかくにも、そのように読み手から引き出したい言葉を想定しながら書けば文章も考えやすく、具体性を増してきます。やはり文章を書く以上は「誰かに読まれる」ということは前提となるので、読み手を強く意識することは必要になるのでしょう。

「恐れ」を抱くぐらいなら文章を書かない

最後に非常に共感させられたこの部分。

個人的なことで恐縮だが、私はものを書くとき、絶対、「……たらどうしよう」の気持ちで書かないようにしている。例えば、相手に嫌われたらどうしようととりつくろったり、上司への心象を悪くしたのではないかとお世辞を言ったり、ということはしたくない。それは「恐れ」を行動動機とすることになるからだ。エゴから発した表現が人の心を動かすことはない。

自分の意見をハッキリと出すというのは難しさも当然あるけど、それ以上に勇気のいることでもあります。もしかしたら相手を不快にさせてしまうかもしれないし、嫌われてしまうかもしれない。

しかし、だからと言って自分から生まれた意見を殺し、誰の耳にも優しいような当たり障りのない意見に逃げてしまうのも間違いだと思います。やはり文章を書くという行動を取る時点で、そこには確かに自分の意見が存在しているはずですし、それをアピールするための表現方法が文章でもあります。それなのに行き着く先で自分の考えを押し殺してしまっては、結局何がしたいのかわかりません。言い訳がましいような文章を書くぐらいなら、そもそも文章を書く必要も無いのです。

常に読み手にとって心地よいことを書いていけば、相手に嫌われないが、それでは書く意味を見失い、読む側の興味も失せてしまう。  相手という個性に、自分として向き合ったとき、自分の中に湧き起こってくるものがある。その相手だからこそ言いたいこと。自分にしか言えないこと。そういうものに、私たちはもっと忠実になっていいと思う。

「文章を書く」というのはハッキリと自分の意見を出すことができる場所ですし、だから面白さもあります。時にそういうブログ記事などは物議を醸して炎上することもありますが、それはそれで多くの人に物事について考える機会を提供し、心を揺さぶる効果があるので個人的には好ましいことだと思っています。もちろん他人を誹謗中傷したり、話題づくりのために狙って炎上しようとする人はいただけませんが。

この本はレビューでも多く書かれているように、文章術だけでなくコミュニケーション全体のことについて考えさせられる本だと思いました。伝わるだけではなく、揺さぶるためには、まず自分の明確な意見があり、さらには相手にその意見がどのような影響を与えるのかも考えなければならない。かなり本質に迫った内容でした。

文章に悩んだ時にまた開いてみたい一冊ですね。

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