嘘だらけの戦争広告/『戦争と広告 第二次大戦、日本の戦争広告を読み解く』

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第二次世界大戦中、国民は「嘘」の広告によって戦争の情報を伝えられていた。そこにはどのような狙いがあったのか、そしてそれは国民にどのような感情を抱かせたのか。本書の中には資料として戦時中の雑誌が数多く掲載されており、メディアがいかに実情を歪めて情報を伝えていたかを知ることができる。

本書を読むと、盲目的にメディアの情報を正しいと思い込む危険性と、特定のフィルターに惑わされずに物事を見通す難しさを実感する。そしてそれは当時より遥かに多くのメディアに囲まれている我々こそ考える価値があることなのかもしれない。

戦時中のメディアに潜む嘘

メディアとは決して中立的に情報を伝える媒体などではないと著者は言う。それらは特定の思想や社会的背景の中で編集された情報であるということを理解しておかないといけない。ひと言で言えば、「メディアは嘘をつく」という性質を持っているのである。それを頭の中で理解しておくのと、しておかないのとでは、情報に対する向き合い方が大きく変わる。

マスメディアはたしかに噓をつく。そしてそれは特定の権力者におもねり、あるいは権力者によって支配される。それに対して自覚的であることはとても重要である。

こういった例があげられている。イギリスで白人男性が黒人の若者によって殺されるという事件があったが、この一見するとありがちな路上強盗を、新聞は「前代未聞の大事件」かのように騒ぎ立てた。狙いはもちろん黒人差別を強化するためである。これが白人どうしの事件であったならば、新聞の片隅で取り上げられるに過ぎなかっただろう。

つまりこの場合の新聞は、純粋な情報そのものを提供したのではなく、ある特定の感情へと仕向けるための道筋を示したにすぎない。「黒人差別を強化したい」という思惑が最初にあり、それに都合のいい情報を取捨選択しているにすぎないのである。

つまり、新聞メディアは単なる情報提供機関なのではなく、また新しい何かを作り出しているのではなく、すでに存在している社会の異端者に対する固定イメージ、黒人移民に対する敵意、社会変化に対する恐怖と怒りなどを利用して、新しい理解の枠組みを提供しているのである。

そしてようやく戦時中の日本のメディアの話となる。日本でも上記と同様のことが行われていた(「行われている」と書いたほうがいいかもしれない)。戦時中の日本においては特に雑誌や博覧会などの視覚から作用するメディアが中心的な働きをしていた。音声やテキスト以上に、ビジュアル的な情報の方がより瞬時に人の感情を左右する力を持っていたからだろう。

本書の中に掲載されている雑誌を見ると、あの手この手で国民を鼓舞しようとするのが見て取れる。例えば敵兵の損失は書いてあるのに、自軍の損失には一切触れていなかったりする。それはいよいよ戦況が悪くなっても続いた。戦闘から撤退する羽目になったのにそれを伝えなかったり、敗戦濃厚の状況でも力強く「徹底抗戦」をかかげていたりした。つまり戦時中のメディアは国民に戦争を正当なものとして伝え、自国を強大なものとして伝え、国民としての誇りを掻き立て、そして一致団結へと導こうとしていたのである。例えその情報が真実からかけ離れていようとも。

個人的に印象的だったのは死を目前にした特攻隊員の写真である。その顔は無表情でまるで感情が読み取れない。しかし雑誌ではその表情を「決意に満ちた表情」とし、あたかもそれが美徳であるかのように伝えている。国民もそれを当たり前と思っていたのだろう。そのようにして生死や倫理観を容易に歪めるほどの影響を持っていた当時のメディアの恐ろしさを感じずにはいられない。

正しく戦争史を理解するために

戦争に関する展示を行っている国立博物館において、現在では戦争の被害を伝えるばかりで、「加害」を伝えているのはほとんど無いらしい。著者はそういった戦争史の伝え方に疑問を呈している。戦争に参加したということは、大小はあれど被害者であると同時に加害者でもある。そういった戦争の闇にあたる部分も正しく伝えることが多くの人に正しい戦争史を理解してもらうことに繋がり、それが同じ過ちを繰り返さないことに繋がっていく。そう言っているのである。

そうした巨視的視座からは、時代の潮流に翻弄され戦争に向かわざるをえなかった日本の姿がたしかに浮か び上がってくる。しかし、同時に、こうした悲劇は決して日本だけで起こっていたのではないし、日本だけが被害者であったわけでもないことを知る必要もある はずだ。そうした政治的、経済的文脈の被害と加害の理解を通して、同じ失敗を繰り返すことなく、「平和」を守っていくことができるだろうが、ピースおおさかはこれらについて語ることを止めた。

デリケートな問題なので答えを出しづらいが、ひとつ言えるのは戦争に対する認識の浅さは、将来的に他国との不和を引き起こしかねないということだろう。むしろもう起こっているのかもしれない。そう考えると、やはり著者が言うように戦争史を見て行く時には、自国の側から他国を見るだけではなく、他国から自国がどのように映っていたかをも理解しておくことは重要となるのかもしれない。

物事の正しい見方を養う大切さ

本書を読んで感じるのは、自分たちは特定のフィルターを通して物事を見ているのに、それを真実と思い込むことが多い生き物ということだ。あげくには、それを自分自身の内面から生まれ出た考えのようにも思い込むことがある。

巻末で著者が言うように、本書は自分がどのような視点から物事を見ているのか、ということを考えさせてくれる。

私たち自身のものの見方、ものの考え方を振り返ることが本書の意図である。

戦時中の貴重な雑誌記事などを見られる資料としても興味深く読める一冊です。

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